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病院長挨拶

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−「文化」とは「一肌脱ぐこと」とみつけたり−
〜八代総合病院だより 『すこやか』 2008年秋号 病院長挨拶より〜

 病院長に着任しまして丁度2年が経ちましたが、この2年間は八代総合病院にとって正に激動の期間となりました。しかし、当院が驚くほど短期間に再生できましたことは、医師会の先生方、熊本大学医学部教授陣、行政ならびに地域の皆様のご支援と当院における全職員の努力の賜と感謝致しております。

 

 地域社会ならびに組織における集団のレベルを考えた時に、そのレベルの高い低いを決定するものは何かと思案しますと、行き着くところは「文化」ではなかろうかと思います。図に示しましたように、横軸に集団のレベル、縦軸に人間の数をプロットしますと、例外に洩れずその分布はポアソン分布を示します。そして、集団のレベルが低い場合にはポアソン分布は左にズレますし、高ければ右にズレます。そして、そのズレを規定するものが、すなわち、「文化の力」ではなかろうかと私は考えます。

 

 私はこれまでに、熊本、北九州、弘前、ワシントン、八代と各地で生活してみて、暮らしやすかったところは熊本とワシントンでした。熊本は一番長く生活したからだと思いますが、一番多くの人々と付き合いましたお陰で、素晴らしい人材と密接なお知り合いにならせて頂きました。様々な忠告を頂き、指導と激励を受け、進歩や達成の度にお褒めの言葉、残念ながら失敗した時にもねぎらいの言葉を頂戴しました。しかし、どんなに失敗しようが、密接なお知り合いになった方々の私に対する評価は一切ぶれることはありませんでした。私は、そのことに驚き、そして、そのような先達を持てる自分を幸せに思いました。

 

 また、ワシントンは流石にアメリカの首都ということもあり、プライドをもった人々が住んでいる街でした。よく挨拶をし、よく人の名前を覚え、よく褒め、よく批判し、よくジョークを言い、よくサプライズやアメリカンドリームを貴ぶ人々の集団でした。そして、両地域で、何かしらハッピーにそれでも良い緊張を持って暮せたという事実の根底に流れる共通のものが何であるかを慮ってみますと、矢張り、「文化」を持った人々が平均よりもさらに沢山いたということに尽きると感じました。

 

 それでは、その守備範囲の広い「文化」という言葉を分かりやすく凝集してキャッチコピーで言い表すならば何になるのだろうかとこれまた思案してみますと、何という偶然か、私が着任以来言い続けてきた「みんなで一肌脱ごうじゃないか」ではないかと思うに至りました。人々を幸せにする「文化」が、接してきた「文化人」のお陰で、知らず知らずの内に有り難くも身に付いてきているのかも知れません。

 

 「一肌脱がない集団」の中にいる人間の気持ちほど無味乾燥なものはなく、やりきれない社会ではないかと思います。特に、病院がそのような集団であれば、職員間の真のチーム医療が出来ないばかりでなく、患者さんが満足できるはずがありません。従って、当院が掲げる「自分自身がかかりたい病院」創りに、今後さらに必要なものは、「一肌脱ぐこと」であり、それが「文化」であります。

 

 私は、再生なったこの八代総合病院が更なる飛躍を遂げるためには、文化溢れる総合病院になっていくことが必要条件であると心から思っていおります。今後、必ず「自分自身がかかりたい文化溢れる八代総合病院」になって参りますので、皆様方の倍旧のご指導とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。

 

平成20年11月